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失った歯を取り戻すための最終手段とも言われる「インプラント治療」。決して安くはない費用と外科手術を伴う治療だからこそ、「一度入れたら一生使いたい」「もう二度と歯のトラブルで悩みたくない」と願うのは当然のことです。しかし、カウンセリングの現場では「インプラントは人工物だから虫歯にならない。だからこれからはメンテナンスも不要だ」という、非常に危険な誤解をされている患者様に出会うことがあります。 結論から申し上げますと、インプラントは適切な管理を行えば「一生モノ」になり得るポテンシャルを持っていますが、何もせずに放置すれば、天然の歯よりも早くダメになってしまうことも現実にあり得ます。この記事では、高額な投資を無駄にしないために知っておくべき「インプラントの寿命」と、それを縮める「インプラント周囲炎」のリスクについてもご案内いたします。
インプラントの平均寿命は?10年後も使い続けられる人の共通点
「インプラントはどれくらい持ちますか?」という質問は、ほぼ全ての患者様からいただきます。世界的な統計データや一般的な臨床成績を見ると、治療から10年後にインプラントが問題なく機能している確率(10年生存率)は、概ね90%〜95%程度と言われています。これは他の歯科治療と比較しても非常に高い成功率であり、信頼できる治療法であることの証明です。
しかし、逆に言えば「残りの数%〜10%の人は、10年以内にインプラントを失っている」という事実も見逃せません。では、20年、30年とトラブルなく使い続けられている人と、数年でダメになってしまう人の違いはどこにあるのでしょうか。 長持ちしている人には、明確な共通点が1つだけあります。それは「治療終了後も、定期的なメンテナンスに通い続けていること」です。
インプラントはチタンとセラミックでできているため、確かに「虫歯」にはなりません。しかし、それを支えているのは、かつて自分の歯を支えていたのと同じ生身の「骨」と「歯茎」です。ここが健康でなければ、いくら頑丈なインプラントを入れても維持することはできません。インプラント治療は「入れたらゴール」ではなく、「入れた日が新たなスタート」であるという認識を持つことが、寿命を延ばすための第一歩です。
最大の敵はこれ!天然歯より怖い「インプラント周囲炎」とは
「インプラントは人工物だから虫歯にはならない」というのは事実です。しかし、インプラントにとって最大の脅威は虫歯ではなく、歯周病に似た感染症である「インプラント周囲炎」です。
これは、歯磨き不足などでインプラントの周りに汚れ(プラーク)が溜まり、細菌感染によって周囲の歯茎が炎症を起こし、最終的にはインプラントを支えている骨が溶けてしまう病気です。症状自体は一般的な歯周病と似ていますが、決定的に異なる点が一つあります。それは「進行スピードの速さ」です。
天然の歯には、根っこの周りに「歯根膜(しこんまく)」というクッションのような組織があり、血管が通っています。細菌が侵入した際、この組織が防御反応を示し、ある程度食い止めようとしてくれます。しかし、インプラントは骨と直接結合しているため、この防御機構となる歯根膜が存在しません。そのため、一度細菌が侵入して炎症が始まると、抵抗することなく一気に骨の奥深くまで感染が広がり、あっという間に支えを失ってしまうのです。 自覚症状が出にくく、気づいた時には「インプラントがグラグラして抜け落ちてしまった」という最悪の結末を迎えるケースも少なくありません。これが、インプラントが天然歯よりも繊細な管理を必要とする理由です。
手術前の検査が全てを決める?CT診断とシミュレーションの重要性
インプラント治療は、顎の骨にドリルで穴を開ける「外科手術」を伴います。そのため、何よりも優先されるべきは安全性です。この安全性を担保するために絶対不可欠なのが、歯科用CTによる「3次元での診断」です。
従来の一般的なレントゲン写真は2次元(平面)の情報しか得られないため、骨の厚みや奥行き、そして骨の中を通る重要な血管や神経の正確な位置までは把握できません。もし、こうした内部構造を正確に知らずに手術を行うことは、目隠しをして運転するようなものであり、神経損傷による麻痺や、大量出血といった重大な事故につながるリスクがあります。
当院を含め、安全管理を徹底している歯科医院では、手術前に必ずCT撮影を行い、コンピュータ上でシミュレーションを行います。「どの位置に、どの角度で、どの深さまで」インプラントを埋入すれば、神経を傷つけず、かつ噛む力を最大限に発揮できるかを、ミリ単位で計画します。この事前の設計図(シミュレーション)があるからこそ、迷いのない安全な手術が可能になるのです。「インプラントが上手な先生」とは、手術の手際が良いだけでなく、この事前の診断と計画に時間をかけ、リスクを極限までゼロに近づける準備を怠らない歯科医師のことだと言えるでしょう。
メンテナンスに通わないとどうなる?保証と定期検診のルール
インプラント治療が無事に終了し、しっかり噛めるようになると、「もう大丈夫」と安心して足が遠のいてしまう方がいらっしゃいます。しかし、あえて厳しいことを申し上げますと、定期検診に来られない方には、インプラント治療をおすすめすることはできません。それほど、術後の管理は重要です。
メンテナンスでは、単にクリーニングをするだけではありません。もっとも重要なのは「噛み合わせの調整」です。天然の歯は、使っているうちにわずかにすり減ったり、位置が移動したりしますが、インプラントは骨に固定されているため動きません。このギャップを放置すると、インプラントだけに過度な力が集中してしまい、被せ物が欠けたり、最悪の場合はネジが折れたりする原因になります。車検を通さずに車を走り続けるのが危険なように、インプラントも定期的なネジの緩みチェックやバランス調整が不可欠なのです。
また、金銭的なリスク管理の面でも定期検診は重要です。多くの歯科医院では「インプラント10年保証」などの保証制度を設けていますが、これには「医院が定める定期検診(年に3〜4回など)を必ず受けていること」という免責条項(条件)がついていることがほとんどです。もしメンテナンスをサボってトラブルが起きた場合、保証が適用されず、高額な修理費が全額自己負担になってしまうリスクがあります。大切な資産を守るためにも、メンテナンスは「義務」ではなく「権利」だと捉えて、積極的に通院していただきたいと思います。
まとめ
インプラントは、失った歯の機能を回復させるための現代医学における最良の手段の一つであり、自分の歯のように力強く噛める喜びは、人生の質(QOL)を劇的に向上させてくれます。
しかし、「高額な治療費を払ったのだから、何もしなくても一生持つはずだ」という過信は禁物です。記事の中でお伝えした通り、インプラントは天然の歯以上にデリケートな一面を持っており、毎日のセルフケアと歯科医院でのプロフェッショナルケアという「両輪」が回って初めて、その真価を発揮し続けることができます。
当院では、単にインプラントを埋め込む手術をするだけでなく、その後の10年、20年という長い期間、患者様が安心して使い続けられるよう、メンテナンス体制の構築に全力を注いでいます。インプラントは、患者様と歯科医院が二人三脚で守り育てていくものです。「自分の場合はどうなのだろう?」「管理できるか不安」という方は、ぜひ一度ご相談ください。メリットもデメリットも全て正直にお話しした上で、あなたにとって最善の治療計画をご提案いたします。
監修
院長 宍戸 孝太郎
資格・所属学会
- 厚生労働省認定歯科医師臨床研修医指導医
- SBC(Surgical Basic Course 歯周形成外科コース)インストラクター
- SAC講師
- club SBC
- 日本口腔インプラント学会認定医
- 日本口腔外科学会会員






